両国橋の東詰めにあった町名です。現在の 両国一丁目あたりで、この一帯で最初に拓かれた町 屋なので元町といいます。町內は四つに分かれて いますが、総坪数は三千二百六十三坪でした。,
寛文十一年(一六七一)の切絵図には回向院 門前に「ちゃや、竪川沿いに「ざいもく」など の記載があり、門前町として賑わっていたこと がうかがわれます。
元町跡(両国橋東詰め)
(もとまちあと)文字起こし
メモ
現在の両国一丁目、両国橋の東側にあった「元町」を伝える高札。現地の文字起こしでは、この一帯で早くから開かれた町屋だったことが町名の由来とされ、回向院門前や竪川沿いの商いの様子も紹介されている。
墨田区の「両国歴史散歩高札」にも、所在地を両国1-8とする元町跡が掲載されている。橋詰め、寺の門前、水路が近接した町の成り立ちを知る地点である。
出典:墨田区「高札・案内板一覧」
墨田区の「両国歴史散歩高札」にも、所在地を両国1-8とする元町跡が掲載されている。橋詰め、寺の門前、水路が近接した町の成り立ちを知る地点である。
出典:墨田区「高札・案内板一覧」
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