史跡マップ 史跡マップ
  • 2021/04/16
  • 2021/06/09
  • 表示回数:138回

首尾の松

(しゅびのまつ)
文字起こし
平成十一年三月| 現在の松は七代目といわれている。 観光協会が、地元関係者とともに、この橋際に碑を建設した。 しまった。昭和三十七年十二月、これを惜しんだ浅草南部商工 改名したが、これも関東大震災、第二次大戦の戦災で全焼して れていた「首尾の松」があった。 え継いだ松も明治の末頃枯れてしまい、その後「河畔の若松」に 更に植え継いだ松も安政年間(一八五四十五九)に枯れ、三度植
初代「首尾の松」は、安永年間(一七七二一八〇) 風災に倒れ、 首尾となり、近くにあった松を「首尾の松」と称したという。 のあたりで海苔をとるために「ひび」を水中に立てたが、訛って って「首尾」を求め語ったところからの説。
三、首尾は「ひび」の訛りから転じたとする説。江戸時代、こ 堀から入り込んだものだが、上り下りの舟が、途中この松陰によ たわらにあった松を「首尾の松」と称したという。
二、吉原に遊びに行く通人たちは、隅田川をさかのぼり山谷 見事対岸に渡りつき、家光がこれを貸して勘気を解いたので、か ている中から進み出て、人馬もろとも勇躍して川中に飛び入り 代将軍家光の面前で謹慎中の阿部豊後守忠秋が、列中に伍し
一、寛永年間(一六二四ー四三)に隅田川が氾濫したとき、三
その由来については次のような諸説がある。 番堀のあいだの隅田川岸に、枝が川面にさしかかるように校正 この碑から約百メートル川下に当たる、浅草御蔵の四堀と五
メモ
メモはありません
住所
住所はありません
参考サイトのURLリスト
参考サイトはありません
関連記事のURLリスト
関連記事はありません
タグ

タグはありません

地域